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青森地方裁判所 昭和42年(行ウ)7号 判決 1969年1月31日

原告 菊地安生

被告 鰺ケ沢町長・鰺ケ沢町消防長事務取扱

主文

一、被告らが原告に対し昭和四二年六月一日付で原告を鰺ケ沢町消防吏員に任命する、消防隊第二隊長を命じ、司令補に補する旨の処分、被告鰺ケ沢町消防長事務取扱中村清次郎が原告に対し、同年七月一一日付をもつて懲戒処分として原告を免職する旨の処分を、いずれも取消す。

二、原告のその余の訴を却下する。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は、主文第一、三項同旨および「被告らが原告に対し、昭和四二年六月五日から同年八月三日まで青森県消防学校へ入校を命ずる旨の処分は、これを取消す。」との判決を求め、その請求の原因および被告らの主張に対する反論として次のとおり述べた。

(一)  原告は、青森県西津軽郡鰺ケ沢町保険衛生課事務吏員の職にあつたところ、被告らは、昭和四二年六月一日付をもつて原告に対し、鰺ケ沢町消防吏員に任命する、消防隊第二隊長を命じ、司令補に補する、同年六月五日から同年八月三日まで青森県消防学校へ入校を命ずる旨の処分(以下本件任命処分という。)をし、原告がこれを拒否したところ、被告鰺ケ沢町消防長事務取扱中村清次郎は、同年七月一一日付懲戒処分書をもつて地方公務員法第二九条第一項第二号および職員の分限に関する手続および効果に関する条例に基ずき、原告に対し鰺ケ沢町消防吏員の職を免ずる旨の懲戒免職処分(以下本件免職処分という。)をなした。

なお被告鰺ケ沢町長は、同町消防長事務取扱を兼務するものである。

(二)  然しながら本件任命処分は、次の理由により地方公務員法第五六条に違反する違法なものである。

1、原告は、昭和三八年二月二七日鰺ケ沢町職員労働組合(以下町職員労組という。)結成当初より現在に至るまでその執行委員長の職にあるほか、全日本自治体労働組合青森県本部(以下全自労県本部という。)中央執行委員その他多くの組合関係の役員をつとめ、昭和四二年六月二七日以降は全自労県本部中央副執行委員長に選出され、町職員労組にとつて欠くべからざる存在であり、全自労県本部の中核的活動家としても高く評価され、県下の労働組合の活動上にも指導的役割を果たしてきたものである。

2、然るに被告たる町長は、職員組合ないし職員の組合活動を嫌悪し、町職員労組に対して次のようないわば不当労働行為に該当する行為に及んでいた。

(イ) 組合登録申請に対する拒否について。

町職員組合は、昭和三八年一一月二七日に、当時町当局が職員一九名に対して退職の強要を行つたことに端を発して結成されたものであるが、翌二八日に、結成日である二七日の日付で町当局に対して組合登録の申請をなし、且つ同時に右退職強要を撤回させるため団体交渉の申入れをなしたところ、町当局は、組合に対して登録条例が制定されていないのであるから登録は認められないとし、また登録されていない組合は組合として認められないから交渉には応じないとして、右申入れも拒否してしまつた。このような町当局の不当な処置に対して組合側は機会あるごとに登録方の要請を続けてきたが、一向に聞き入れられないため止むなく、同町町議会議員に登録条例の制定方を働きかけた。しかして、昭和三九年一二月に町議会で登録条例が制定されたものの、町当局はその後も登録の申請を拒否するので、全自労県本部新堂書記長が、青森県地方課に対し、登録問題につき正しい行政指導をされたき旨の申入れをなしたところ、右地方課が町当局に対して登録拒否の誤りを指摘するに至つて、ようやく昭和四〇年四月二四日に登録が認められたものである。このように被告らは何ら正当な理由もないのに組合否認の態度をとり続けてきた。

(ロ) 組合役員に対する不当配転について。

右のような経過で町職員労組が結成されたわけであるが、その結成直後町当局は右労組委員長である原告を本庁から四キロメートル余り離れた中出張所に、また山下書記長に対しては本庁より約五キロメートル、自宅よりは一三キロメートルも離れた赤石出張所に配転し、そのため同人は毎朝五時過ぎに起床して出勤するの止むなきに至つたのであるが、しかもこの配転は、同人が畜産技師として同町産業経済課でその職分を生かしていたことを無視し、単純労務的な職に追いやつたものであつて、そのため遂に同人は職を辞してしまつたものであり、更に一戸副委員長に対しても税務課から町民課に配転し、昼休みもとれない仕事に従事させるに至つた。

右のような配転は、組合結成直後である一一月下旬から一二月にかけて行われたという時期的観点および組合三役をねらつたという人的対象、更には場所的、職種的観点からして、組合結成後日も浅く、組織的にも弱体である町職員労組に決定的打撃を与え、これを崩壊させる目的のための配転処分であることは言うまでもなく、原告らはまさに職員団体を結成しようとしたことの故をもつて、不当な不利益取扱いを受けたものであつて、かかる処分は地方公務員法第五六条に違反して許されないものである。

(ハ) 組合役員に対する休暇拒否とその動行調査について。

昭和四〇年二月頃当時の町職員労組書記長である工藤重三が組合用務のため休暇の届出をしたところ、町当局は組合用務のための休暇は許さないとしてこれを拒否したほか、たまたま同人が休暇該当日に病休したところ、町職員に命じてその動向を調査せしめた。

(ニ) 組合役員選挙に対する不当介入について。

昭和四〇年六月施行の組合役員選挙に際して、町当局は委員長候補の原告に対抗させて、ひもつきの神昭造を、書記長候補一戸文男に対抗してひもつきの坂本武恒をそれぞれ立候補させ、その者らの当選を実現させるため、その勤務時間中における選挙運動を放任したほか、組合員を多数町長室などに呼出し投票を勧誘したりした。右のような組合に対する不当な介入は、町当局がその意向を受けた人物を組合最高の要職につけることによつて組合の御用化をねらつたものである。

(ホ) その他、昭和四〇年春頃行われた職員の給料引下げ事件に対し、同年四月町職員労組指導の下に行つた公平委員会に対する審査請求事件の審理中、町当局は組合側に無断で、個別接渉によつて提訴を取り下げさせて不当な支配介入をなし、また昭和四二年度の特別昇給に際しては町職員労組の役員一戸副委員長および小野副委員長に対し、組合活動家であることを理由に殊更に不利益な取扱いをなした。

3、本件任命処分も、消防職員は地方公務員法第五二条第五項により職員団体を結成する自由をも否定されているため、被告らにおいて原告を町役場から消防隊に配置転換することにより、原告を町役場から追放し、原告の組合活動を完封するとともに、同組合の弱体化を意図してなされたものである。

すなわち鰺ケ沢町における消防職員の勤務実態は次のとおりである。

(イ) 平時における勤務時間は午前八時から翌朝八時までの二四時間勤務であり、勤務明けとなる午前八時以降の二四時間は自宅待機となる。その待機時間中に外出、旅行等をする場合は、その所在を一々消防署長に届出をなし、従つて勤務明けの場合も非常災害に備えて身柄は常に拘束されることになつている。

(ロ) 火災など非常災害発生の場合は一日おきの自宅待機すら不可能となり、連続三日間以上にわたつて勤務することになる。これは消火の後始末など救助作業に従事しなければならないからであつて、まさに激務の最たるものである。

(ハ) 冬期の一月上旬から二月下旬頃までの間は、消火栓除雪作業のため例年一〇ないし一二回程度非常呼集がかけられている実状であつて、その間、自宅待機による休養もとれなくなつているのである。

(ニ) 消防業務の特殊業態からして消火作業による受傷など公務災害発生率が高く、それによる休暇職員が生じた場合(昭和四三年度も二名の受傷者が出ている。)、その補充要員とされたりして勤務明けによる休養が不可能となることもある。

右のような勤務関係の実状からみて、その職にありつつなおかつ組合委員長として各職場の実状に注視し、一般組合員の雑多な職場要求を汲みとり、機を失せず町当局と給与、勤務時間その他の労働条件に関し諸般の交渉を行い、更には執行委員会を開催し、或いは上部団体その他、友誼団体などの諸会議に出席し、これら団体の決議や指示事項を更に執行委員にはかつたうえ一般組合員に伝達するなどの諸活動をはじめ、極めて多岐にわたる組合業務を遂行することは不可能なことである。

このように消防の職務遂行と組合役員としての職務遂行とは法的にも事実上も全く両立し難いところであつて、本件任命処分は、従前被告鰺ケ沢町長が組合弱体化或いはその御用化を狙つて次々かけてきた組合攻撃によつてもその目的が達成されなかつたことから、町職員労組の中心となつて活発に組合活動を推進し、町職員の信望をあつめている原告を一挙に同組合から排除しその組合活動を封圧することによつて組合の弱体化を狙いそれを意図して行つたものであるから、憲法第一四条、第一九条に違反して思想信条による不当な差別をするものであり、また職員団体のために正当な行為をしたことの故をもつてする不利益な取扱にほかならず、地方公務員法第五六条に違反する違法なものである。

なお被告らは結社の自由および団結権の保護に関する所謂ILO八七号条約第三条、第八条第二項および地方公務員法第五三条第四項を根拠に原告が消防職員に任命されたからとて、職員労働組合の執行委員長の地位を失わず、従前どおりの組合活動を継続できるから所謂不利益処分に該当しないと主張するが、しかし団結権すら地方公務員法第五二条第五項により否認されている公安職員などまでも一切無差別に他団体がその役員として選出し、これに当該組合の諸活動に従事させることまで同法第五三条第四項が予定しているとは到底解されないから、右規定が予定する役員選出の自由にも自らその限界があるといわなければならず、且つ前記のような消防職員の勤務実態に則しても、消防職員の職にありつつ、なお且つ職員労働組合の役員にとどまつて組合活動に従事するということによれば、地方公務員法第三〇条、第三五条に違反するという事態の発生することも容易に推定されるところであろうし、また、同法第二八条第一項第一号又は第三号による分限処分の対象とされる極めて高度の可能性を無視することはできず、かような観点からしても同法第五三条第四項は公安職員までも含めた組合役員選出の自由までは予定していないものといわなければならない。

4、原告は、昭和三五年二月一六日鰺ケ沢町事務吏員として採用されて、戸籍住民登録係を命ぜられ、農政係長、税務課徴収係を経て、同四〇年五月一日以後保険衛生課事務吏員として勤務していたのであつて、一貫して事務職として勤務し、これにより明らかなように原告は一般事務職として採用されたものであるから、その職種の変更については本人たる原告の同意ないし承諾を要すべく、まして消防吏員という従前の職務とは全く職務内容を異にする職種への任命処分は、原告の同意のない以上右採用条件に反し許されず、この点においても本件任命処分は違法である。

(三)  本件任命処分は、右のように違法なものであり、これを原告が拒否したことは正当であつて、右拒否を理由とする本件免職処分もまた違法である。

(四)  本件任命処分の取消の訴は行政事件訴訟法第八条第二項により原告のした鰺ケ沢町公平委員会に対する審査請求の裁決を経ずとも訴を提起しうる場合に該当するから適法な訴である。すなわち

1、原告は、本件任命処分並びに本件免職処分の双方について昭和四二年九月七日付で鰺ケ沢町公平委員会に対し審査請求をしており、仮に審査請求書の記載上任命処分に対する審査請求の趣旨が多少明確を欠くものがあるとしても、原告において免職処分を重視したことの結果にほかならないのであつて、右両処分を審査請求の対象としたことには変りがない。しかして、本件任命処分は前記処分取消の事由として述べたところのように原告から組合活動の自由を奪い、かつ採用条件に反して職種を異にする職務に配置転換せんとするものであつて、不利益処分に該当すべきものであるのに、被告らは「消防隊第二隊長となれば約五、〇〇〇円昇給する。」とくりかえし一貫して原告に申し述べあたかも不利益処分でないかの如き錯覚を与え、これにより原告も本件任命処分が不利益処分として公平委員会に対する審査請求の対象たりえないものと誤信していたところ、同年九月六日本件各処分に対する救済の申立方法につき原告訴訟代理人生井重男から教示を受け漸く本件処分が不利益処分に該当することを知るに至つた。従つて、本件任命処分について地方公務員法第四九条の三所定の六〇日の不服申立期間は右不利益処分たることを知つた同年九月六日から起算されるべきである。更にまた、本件任命処分と免職処分は形式的には二個の異つた処分であつても、後者は前者を拒否したことに基ずいて行われたもので、両者はいずれも実質的には町職員労組の執行委員長たる原告を同町消防隊第二隊長に配置転換することにより組合活動を封ぜんとする不当労働行為意思の発現であつて、両処分は不可分一体の関係にあり、本件任命処分の違法状態は本件免職処分のなされた同年七月一二日まで継続しているものと解すべく、不服申立期間の起算点について両処分を二分して別個にとらえるべきではなく後者の本件免職処分のあつたときを標準とすべきである。

2、原告は、町職員労組の執行委員長、全自労県本部中央副執行委員長などの職にあり、組合活動の中心的存在であるところ、本件処分後は自宅に待機して組合員などの連絡を受けるにとどまるほかなく組合活動上重大な支障を来たしており、本件任命処分によつても消防職員としての身分上原告は組合活動を全く行うことができなくなるのであり、また原告は給与のみにより生計を立てている労働者であるから、本件免職処分により生計の途を断たれ多大の借財を余儀なくされている。したがつて、原告において本件処分により被むる著しい損害を避けるための緊急の必要性があり、行政事件訴訟法第八条第二項第二号により、本件任命処分についての審査請求に対する鰺ケ沢町公平委員会の裁決を経ることなく右処分の取消の訴を提起することができる。

3、また本件任命処分につき右公平委員会に対する不利益処分の審査請求があつたとは認められないとしても、これは前記のように法解釈について素人である原告が、町当局の不利益処分には当らないという一貫した態度に影響されてその旨誤信したことによるものであるから行政事件訴訟法第八条第二項第三号にいう正当事由が存在する場合に該当するので右処分の取消の訴を提起することができる。

4、原告は、前記のとおり、本件処分につき昭和四二年九月七日鰺ケ沢町公平委員会に対し審査請求をなしたのであるが、同委員会は、その後一年以上を経過した現在に至るも、原告の再三にわたる要請を無視し一度の審理も行つていない状況である。

二、被告ら訴訟代理人は、本案前の抗弁として、「本件訴をいずれも却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、また本案につき、「原告の請求をいずれも棄却する、訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。

(一)  原告がその主張のような職歴・組合歴を有する者であること、被告らが原告主張のような各処分をなしたこと、および原告が本件免職処分につき昭和四二年九月七日付書面で、鰺ケ沢町公平委員会に対し審査請求をなしたことはいずれもこれを認める。

(二)  然しながら、本件各訴はいずれも訴訟要件を欠く不適法な訴であるから却下を免れない。

1、地方公務員が行政処分を不服としてその取消の訴を提起する場合には、行政事件訴訟法第八条第一項ただし書、地方公務員法第四九条の二、第五一条の二に従い人事委員会又は公平委員会の裁決または決定を経た後でなければこれを提起し得ないものであるところ、原告は、昭和四二年九月七日付で本件免職処分について公平委員会に不服申立をなしたけれども、本件任命処分については地方公務員法第四九条の三所定の不服申立期間を徒過した現在に至るも不服の申立をしたことがない。なお原告は本件任命処分について不服申立をしなかつたとしても、行政事件訴訟法第八条第二項第三号にいう正当な理由がある場合に該当する旨主張するが、然しながら右規定は本件のように審査請求自体をもなしていない場合をも含むものではなく、審査請求がなされたことを前提とし、同条第二項第一号および第二号に該当しない場合においても裁決を待てないような正当な理由がある場合には取消しの訴を提起することができるというのがその趣旨であるから、原告の右主張は失当である。

また、仮に原告主張のように正当な理由がある場合に該当し、審査請求を要しないものであるとしても、行政処分の取消の訴は処分があつたことを知つた日から三カ月以内に提起しなければならないことは行政事件訴訟法第一四条第一項に明定するところであるが、然るに原告の本件任命処分についての訴提起は辞令の交付を受けた昭和四二年六月一日から三カ月以上経過した昭和四二年九月二九日であるからこの点においても本件任命処分の取消の訴は不適法である。

2、本件免職処分について昭和四二年九月八日原告が鰺ケ沢町公平委員会に対してした審査請求について同委員会において審理中であるにもかかわらず原告は審査の請求後三カ月を経過していないのに本件免職処分の取消の訴を提起したのであるから、右訴は行政事件訴訟法第八条第二項第一号の要件を充足せず不適法である。

(三)  本件任命処分について。

1、原告を鰺ケ沢町消防吏員に任命し、消防隊第二隊長を命じたのは、次のような事情による。

鰺ケ沢町は、「消防本部および消防署を置かなければならない市町村を定める等の政令」の一部改正により、昭和四二年四月一日以後消防署を設置しなければならなくなつたが、従来財政再建法の適用を受けていた同町としては、健全財政維持のため右新設消防署の吏員を町長部局から充用することを計画し、昭和四二年三月の町議会において町長部局の職員定数一〇九名を一六名減じ、消防機関の職員定数二名を一六名増員して一八名とする旨職員定数条例を改正したうえ、町長部局の定数減一六名中一〇名を消防吏員として充用することとし、消防吏員のうち消防隊長は、消防吏員を指揮監督する職責を有する関係上それにふさわしい適格者を就任せしめる必要があるところ、原告は軍隊経験があるうえ、指導力もあり、住居も消防署より遠くないこと、消防隊第一隊長との年令も近いこと等諸般の事情を考慮して原告を適格者と認定した。しかして、同年五月二三日から同月三一日まで町理事者と原告を含む組合執行委員との間で前後四回にわたり協議を重ね、結局原告の承諾の下に本件任命処分をなしたものであつて、組合に対する干渉などということは全く考慮の外にあつた。そもそも町長は地方公務員法第一七条第一項により職員の職に欠員が生じた場合には採用、昇任、降任または転任等の方法により職員を任命することができるのであつて、原告に対する本件任命処分はこれにもとずく転任の方法によつたものであるところ、同一地方公共団体内の機関相互の職員の異動は任命権者の自由裁量によりなしうるものであつて、原告の同意を必要とするものではない。原告はその採用に際し一般事務職として採用されることが条件となつていたと主張するけれども、かような条件が付されるわけがなく、仮に右採用条件なるものがあつたとしても既に原告が本件配置転換を承諾した以上採用条件の存在を主張し得べくもない。

2、原告は、本件任命処分は、これにより原告は組合活動をすることが不可能になるから地方公務員法第四九条にいう不利益処分に該当すると主張するが、然しながら職員組合の役員は、一般組合員と異なり、組合員たることを必要とせず、消防職員であろうと組合員以外の如何なる者であろうと、その地位に就くことを妨げないことは、結社の自由及び団結権の保護に関する所謂ILO第八七号条約第三条、第八条、および地方公務員法第五三条第四項によつて明白であるから、原告が消防職員に任命されたからとて、執行委員長たる地位を失うものでなく、従前と同様組合活動を継続し得るものであり、また鰺ケ沢町における消防隊長の職務の実態についてみても、消防署が発足した昭和四二年四月一日から昭和四三年二月一七日までの出動回数は火災のために三三回、その他人命救助や除雪などのために二一回であつて、一カ月約五回にすぎないものであるから、その勤務は決して激務ということはできず、十分に組合活動と両立し得るものである。

右のように、右任命処分により、原告は町職員労組の執行委員長としての活動を法的にも事実上も何ら阻害されることはないうえ、かえつて原告はこれにより課長補佐待遇となり(二等級から一等級になる)、且つ特に一号俸昇給することが約束されていることに顧みれば、到底右処分が地方公務員法第四九条にいう不利益処分に該当するものではない。

また原告は、被告らが原告を町職員労組から排除し、その組合活動を封じる目的から、本件任命処分を敢行したものである旨主張し、その証左として被告鰺ケ沢町長の不当労働行為に該当するものであるとしていくつかの行為を列挙しているが、その指摘する組合の登録申請の拒否の点については、昭和三八年二月二七日付および昭和四〇年二月一二日付の各申請を拒否したことはいずれも事実であるが、前者は職員団体の登録に関する条例が制定されていなかつたので止むを得ずそのままにしておいたものであり、後者はたまたま事務担当者の法解釈の誤りによるものであつていずれも悪意はなく、殊更に職員団体の結成を嫌つたものではないし、その他原告が指摘するように、組合役員であるという理由に基ずき不当な配置転換をなしたり、昇進昇給の際に、殊更に不利益な取扱いをしたことはない。

本件任命処分についても、その目的および経緯は前記のとおりであつて、原告主張のような意図に基ずいてなされたものではないから、この点からしても地方公務員法第五六条に違反するものではない。

(四)  本件免職処分について。

地方公務員は、全体の奉仕者として公共の利益のため忠実にその職務を遂行し、かつ職務に専念すべきものであるから、仮に原告が本件任命処分に不服であつても、任命権者の発令があつた以上忠実にこれに従い、新しい職務に専念すべきであり、一応新しい職務に従つたうえで、任命処分の取消を求めることも可能であつた。しかるに、原告は再三にわたる上司の注意、説得にもかかわらず、職務命令に従わなかつたものであつて、その義務違反は重大である。

三、(証拠省略)

理由

一、被告らが原告に対し、昭和四二年六月一日付をもつて鰺ケ沢町消防吏員に任命する、消防隊第二隊長を命じ、司令補に補する、昭和四二年六月五日から同年八月三日まで青森県消防学校へ入校を命ずる旨の任命処分をしたこと、および被告鰺ケ沢町消防長事務取扱中村清次郎(被告町長兼務)は、昭和四二年七月一一日付をもつて、地方公務員法第二九条第一項第二号および職員の分限に関する手続および効果に関する条例に基ずき、原告に対し懲戒免職処分をしたことは、当事者間に争いがない。

二、そこで本件各処分取消の訴が出訴期間、審査請求前置の要件を充足しているか否かについて検討する。

(一)  本件各処分取消の訴が提起されたのは昭和四二年九月二九日であることは、本件記録上明白であり、且つ原告が同月七日付不利益処分審査請求書をもつて鰺ケ沢町公平委員会に対し審査請求の申立をしたことは成立に争いのない甲第一号証によつて明らかである。右審査請求が原告主張のように本件免職処分と本件任命処分の双方について審査請求をしたものか、換言すれば右審査請求書の表現上本件免職処分に対して審査請求する旨の記載があるとしても実質的に本件任命処分に対する審査請求をする旨が包含されていると認められるか否かにつき考えるに、右審査請求書(甲第一号証)には、本件任命処分および本件免職処分がなされるに至つた経過と本件任命処分の不当なるゆえんがるる記載されており、これによれば原告は公平委員会において本件任命処分の違法の有無を審理の対象とすべき旨を読み取ることができるが、右審査請求書には不利益処分の内容として本件免職処分を、処分があつたことを知つた日として本件免職処分の日附を、審査請求により回復されるべき措置として免職の取消(不服事由の末尾に記載)を、申立人の所属部局として本件任命処分により発令された消防隊第二隊長と明記され、前後を一貫すれば公平委員会に対して取消を求める処分は本件免職処分そのものであるとしていることが明らかであるところ、本件免職処分の違法は本件任命処分の違法に主として起因するものであることによれば、本件免職処分の当否を判定するには前提として当然に本件任命処分の違法の有無を判定しなければならない筋あいであり、原告もこれを認識して処分に対する不服の事由として審査請求書に本件任命処分を受けるに至つた経過並びにその違法なるゆえんを記載したものと推測されるのであつて、甲第二号証および証人三浦一栄の証言などから、原告は当初本件任命処分を不利益処分と思料しなかつたということが認められるが、このことは右の諸点を裏付けるに足りる。

しかりとすれば、原告は公平委員会に対して右審査請求書により審査請求の対象とし取消を求めたのは本件免職処分だけであつて、本件処分をこれに含ませる意思表示をしたものでないと認めるべきであり、この点に関する原告の主張は採用するに値しない。その他に本件任命処分につき審査請求をしたことの立証はない。

原告は、本件任命処分についても審査請求があつたことの理由のひとつとして本件任命処分と本件免職処分とは不可分一体であるというのであるが、一は地方公務員法第一七条にもとずく配置転換を内包する処分であり、他は同法第二九条にもとずく地方公務員に対する懲戒処分であつて、行政処分としての性質、目的、効果が異なるから両者が被処分者に対する不利益な処分たる点では共通であり、かつたとえ被告らのいわば不当労働行為の意思の表現としてなされたものであつたとしても右両処分が不可分一体ないし包括的な一個の行政処分として評価し得ないのである。従つて、右両処分は別個の行政処分としてそれぞれ別個に地方公務員法第四九条以下の審査請求の対象となし得、またこれをしなければならず、同法第四九条の三による不服申立の期間、および行政事件訴訟法第一四条による出訴期間も別個に進行するといわなければならない。

(二)(イ)  かようなわけで、前記審査請求には本件任命処分に対する不服の申立が包含されていず、本件任命処分については地方公務員法第四九条の二による不服申立を欠くのであるが、本件免職処分については前記のように公平委員会に対する不利益処分の審査請求があり、これに対する裁決がなされていない。もつとも本件免職処分についての取消訴訟は行政事件訴訟法第八条第二項所定の審査請求後三カ月の期間経過前に訴提起されたのであるが、本件訴訟の係属中にその期間も経過したことが明らかであるから、右の点の違法は訴の適否を左右しないとしなければならない。

(ロ)  そこで、原告が本件任命処分を受け、本件免職処分がなされた後、前記審査請求が申し立てられるに至るまでの経過につき考えるに、成立に争いのない甲第一号証、同第二号証、乙第一号証の一、二、同第二号証の一、二、同第三号証、同第五号証、同第六号証の一、二、証人斎藤礼次郎、同神四平、同三浦一栄、同新堂一郎、同添沢唯四郎の各証言および原告本人尋問の結果をあわせれば、次の事実が認められる。

すなわち、鰺ケ沢町議会において昭和四二年三月二五日同町消防本部および消防署が設置されるに伴い消防職員定数条例を改正して吏員二名を吏員一八名に増員し、その増加による人員にあてるため町職員定数条例を改正して職員一〇九名を九三名に減少する旨の各改正条例を議決したところ、これにより町職員中解職される者、町職員から消防職員に配置転換される者の生ずるおそれがあつたため町職員組合執行委員長たる原告、同副執行委員長一戸文男らが町当局者らと交渉協議の結果同年三月二七日町職員の解職は原則として行わない、組合役員が消防署に転出する場合は事前協議するとの確約を得ていたこと、しかるに同年五月二三日に至り町助役、庶務課長らは右組合役員たる原告に対し突然消防隊第二隊長に転出すべきことの承諾を求めたので、原告は町側の右約束を楯にこれを拒絶したところ、町側は右転出を承諾すれば昇格して俸給も約五、〇〇〇円昇給する旨を申し述べて承諾を迫つたが、依然として原告および職員組合の承諾が得られず、遂に町側は同年六月一日付辞令をもつて本件任命を発令したこと、原告は右任命処分は前記町側の確約に反し、かつ組合の弱体化をはかるものであるとしてこれに服さず辞令を返上し、町側と原告との間でこれを繰り返し、職員組合は原告を支持する態度を表明して来たところ、町側は同年七月一一日付で原告について本件懲戒免職処分に付したこと、しかして原告は本件任命処分に従えばいわゆる組合活動が不能に陥ることを認識しながらも給与上の待遇面ではかえつて原告に利益をもたらすものであるため、深く思慮をめぐらすことなく町側との団体交渉により右処分の撤回が得られるものと思料して組合内部での討議に専念し、本件懲戒免職処分後はこれに重点を置きかえこれが撤回ないし取消されれば本件任命処分もおのずから解消するとし、町側および公平委員会に対して懲戒免職処分を中心として処分の取消を求めてきたこと、以上の事実を認めることができる。

ところで地方公務員法第五二条第五項によれば、消防職員は職員の勤務条件の維持改善を図ることを目的とし、かつ地方公共団体の当局と交渉する団体を結成し、またはこれに加入することは許されないから、本件任命処分の結果原告は鰺ケ沢町職員組合の組合員たる地位を失うことになり、これに前記証人斎藤の証言により認められるように消防隊第二隊長は部下職員八名を擁し、待遇面も課長補佐として管理職的性格を帯びてくることなどの事情を併せ考えるとき、被告主張のようなILO条約の存在にかかわらず、右任命処分により原告は町職員労組の執行委員長として組合活動を遂行していくことは事実上不可能であつて、結局右委員長たる地位をも失わざるを得ないことになり、原告の主観の一面に属する組合活動に従事遂行しようという希望が阻害され、しかも当事者間に争いがない原告の職歴に徴すれば従前一貫して一般事務職に従事して来たものが消防職員として現場保安職に転換されることとなつて著しく職種の変更が生じ、これらによれば本件任命処分はたとえ原告に昇格、昇給をもたらすものであるとしても地方公務員法第四九条にいう不利益処分に該当するというべきである。

(ハ)  しかして、前記認定の事情によれば、原告は町当局の勧奨もあつたため本件任命処分の取消ないし不服の申立につき深く思いをめぐらすことなく、しかも本件懲戒免職処分の発令後はこれに目を奪われ、またはこれと本件任命処分とが一体なるものと思料して免職処分を重視してその取消を求め、本件任命処分については公平委員会に対する審査請求その他の不服申立の措置を採るのを怠つたとみることができ、これにつき原告としては無理からぬ事情にあつたというべきである。

従つて、本件任命処分につき審査請求を経なかつたことについては原告に行政事件訴訟法第八条第二項第三号にいう正当な理由があると解すべきである。

次に本件任命処分についての訴提起が行政事件訴訟法第一四条所定の出訴期間内になされたものであるか否かについてみるに、右処分については地方公務員法第四九条の二により人事委員会又は公平委員会に対して審査請求をなし得る場合であるが、前記認定のようにこれがなされていないから行政事件訴訟法第一四条第四項の適用はなく、同条第一項、第三項の制限に服さなければならない。

ところで免職、降任等処分自体により不利益処分であることが明白なものであるときは格別、本件任命処分のように、処分の内容自体が被処分者に対し利益面と不利益な面を具備し、これが所謂不利益な処分に該当するものか否か被処分者にとつて一見明白でなく、判定に苦しむようなものについては、被処分者が処分の不利益性を疑いなきまでに認識した日から起算して行訴法第一四条第一項所定の出訴期間が進行すると解すべきであつて、単純に辞令の交付等により処分の存在を知つた日から起算すべきではない。けだし右条項の趣旨とするところは、同条第三項の規定の趣旨と対比参照すると明白なように、行政処分により権利を侵害された者が、その処分について法的救済の途を採り得るということを認識しながら、これを放置して三カ月を経過した場合においては、行政処分の法的安定性の要請により、その処分の取消を求め得ないとしたものであつて、かかる観点からすれば、本件任命処分などの場合においては被処分者が処分の不利益性を認識しないかぎりは訴提起の主観的な可能性が発生するに至らないのであるから、単に処分の通知を受けた日から右にいう出訴期間が進行するものとすれば、被処分者が処分の不利益性を認識して法的救済を求めようとした段階においては、すでに出訴期間が経過していたという如き被処分者にとり酷な結果を強い、反面これにより行政処分の法的安定性の要請に欠ける結果を見ないからである。しかも本件においては町当局において本件任命処分が不利益処分にあたらない旨を述べてこれに従うべきことを勧奨し、不利益処分説明書の交付もなかつたのであるから、本件任命処分に対する取消の訴の出訴期間を処分の伝達の日から起算すべきでないことが明らかである。これを本件任命処分についてみれば、前記認定事実に原告本人尋問の結果によれば原告は昭和四二年六月一日付で辞令の交付を受けたものの、無理からぬ事情によりこれが不利益な処分に該当するとの認識をするに至らず、同年九月七日付書面により公平委員会に対し本件免職処分について不服申立をしたのであつて、少くともその時点において本件任命処分が不利益処分たることを覚知したものと認めるのが相当である。

してみると本件任命処分については行政事件訴訟法第一四条第一項にいう出訴期間は少なくとも昭和四二年九月七日以降から進行するところ、訴が提起されたのは前記のように同月二九日であるから三カ月を経過していないことは明らかであるのでこの点の違法はない。

従つて本件任命処分、懲戒免職処分の取消の訴はいずれも適法であり、この点の被告らの主張はすべて理由がない。

三、よつて本件任命処分および本件免職処分の適否につき考えるに、右任命処分は前記のように鰺ケ沢町における消防本部および消防署の設置に伴なう職員定数の改正による措置であつたが、成立に争いのない甲第二号証、証人三浦一栄、同斎藤礼次郎の各証言および原告本人尋問の結果を総合すれば、被告鰺ケ沢町長は、同町職員組合が昭和三八年一一月二七日に結成されるや、組合の適法な申請があるのにその職員団体の登録を拒否し、その直後右組合の役員を役場本庁から遠く離れた出張所などに配転し、そのため中には今まで修得した技術と全く異なる職務に従事せざるを得なくなつたことから遂には町職員を辞職するに至つた者もあつたこと、昭和四〇年度における職員組合の役員選挙に際して町側の対立候補をたて職員の各個に働きかけて職員の自由な選出に干渉しようとし、その後開催された町議会においてこれを追求され陳謝の意を表明したことがあつたことが認められ、これに当事者間に争いのない原告主張のとおりの職歴、組合経歴、前記斎藤証人の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証によれば、被告らは消防職員が地方公務員法第五二条第五項の規定により職員組合の組合員になり得ないことを認識し、原告が第一次の適格者に擬するひとつの事情として考慮したうえであえて原告について本件任命処分をしたことおよび前記認定のように原告は右任命処分を拒否するやまもなく懲戒免職処分に付し、他方原告が本件任命処分に応じないとみるや直ちに他の者を本件消防第二隊長に任命したことが認定できる。従つて、被告は本件職員組合にしばしば干渉し、その弱体化をはかつていたものと認められるのであつて、本件任命処分の意図するところは主として原告を職員組合から排除し、その組合活動を封ぜんとするにあつたと認められ、証人神四平、同斎藤礼次郎の各証言中右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を妨げる証拠はない。

被告らは本件任命処分につき原告が同意ないし承諾していたと主張するが、かかる事実の認めえないことは前記のとおりである。

しからば、前記認定のような本件任命処分が不利益処分に該当するゆえんとあわせれば、本件処分は地方公務員法第五六条に違反しかつ被告の有する任命処分権を濫用した違法のものというべきであり、従つて本件任命処分に不服従であつたことを理由としてなされた本件懲戒免職処分も違法であるといわなければならない。

四、本件任命処分のうち昭和四二年六月五日から同年八月三日まで青森県消防学校へ入校を命ずる旨の処分は既にその期間が経過していることが明らかであるからその取消を求める利益がない。

五、よつて、原告の本件請求のうち、右入校を命ずる処分の取消を求める部分を却下し、その余の請求はすべてこれを認容することとして、訴訟費用につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 間中彦次 辻忠雄 本田恭一)

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